あづま道の道しるべは、元は道の北側にあったといわれ、ここを南北に走る道が足尾産出の銅を江戸に運ぶための足尾銅山街道(あかがね街道)で、銅問屋も置かれて大原宿として栄えました。
足尾銅山街道(あかがね街道)は、江戸時代に代官岡登景能によって寛文十二年頃に造られ、これによって、古い道はほとんどが消えてしまいました。そのため、「あづま道」と記されているこの道標は、律令国家の成立によって整備された東山道がどこを通っていたのかを研究する一資料として重要なものです。
※写真の道しるべはレプリカで、実物は教育委員会に保管されています。
関連ページ: 岡上景能の墓(みどり市 国瑞寺)
観光地・施設情報
所在地 | 群馬県太田市大原町1521 そばの交差点 |
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お問合せ先 | 太田市教育委員会 教育部文化財課 |
電話番号 | 0276-20-7090 |
料金 | なし |
時間 | 常時 |
定休日 | なし |
駐車場 | なし |
トイレ | |
自販機 | |
売店 | |
その他 |