浅間神社古墳は直径25メートル、高さ2メートルの円墳で墳上に前原浅間神社が祀られています。
墳上に祀られた浅間神社は、氏子総代資料によると新田義貞の忠臣中野藤内左衛門景春ゆかりの神社と云われています。
中野氏は、文永2年(1265年)新田一族の大島次郎景継が佐貫庄中野郷に塁を築き、中野氏を称したことが始まりとれています。
中野景継には男子がなく、駿河国富士山本宮浅間大神に祈願したところ、弘安10年に男子を出生したといい、そこで景継は二人の家臣を富士山に登らせ、中野城の西南にあたるこの場所に分霊を祀ったのがこの浅間神社と云われています。
中野景継の嫡男として生まれて景春は、新田方の武将として活躍し、延元3年(1338年)灯明寺畷(福井県福井市)で新田義貞と共に戦死。
観光地・施設情報
所在地 | 群馬県邑楽郡邑楽町中野 |
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料金 | なし |
時間 | 常時 |
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駐車場 | 駐車スペースあり |
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