海野長門守幸光(羽尾幸光)は、中世の頃、羽根尾を拠点に領地を所有していたが、真田幸隆の岩櫃城攻略のとき、城主斉藤氏討伐に忠誠を尽くした功績で、永禄9年(1566年)吾妻郡代となり、十六年間激動の時代に城を守った。
天正9年(1581年)真田昌幸に逆心したということで、居館の岩櫃に攻め込まれ自害した。
弟の海野能登守輝幸は、沼田の女坂で壮烈な討死を遂げた。その墓は現在、沼田市の史跡となっている。羽根尾は旧領だったため遺臣等がこの地に葬ったという。墓の西に並んで二基の石塔がある。一基は松沢死霊塔として松尾沢戦死者の霊を祀り、更に一基は海野長門家来の霊として家臣を祀ってある。
■海野能登守輝幸父子の墓 海野塚(沼田市)観光地・施設情報
所在地 | 群馬県吾妻郡長野原町羽根尾 |
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お問合せ先 | 長野原町役場 |
電話番号 | 0279-82-2244 |
料金 | なし |
時間 | 常時 |
定休日 | 常時 |
駐車場 | なし |
トイレ | なし |
自販機 | なし |
売店 | なし |
その他 | 国道145号線(ロマンチック街道)から宗泉寺までの道路は道幅も狭く車両での走行には注意。自動車の運転に不慣れな方、不得意な方は、Uターンなど車両の切返しも困難かもしれない。 海野長門守の墓 は、宗泉寺近くの人家脇から入り、少し歩いた先の石段を登りきった開けた場所にあります。(宗泉寺脇の道ではなく、分かりづらい小道なので注意が必要) |